《短編》家出日和
気付いた時には、部屋の中を真っ暗闇が支配していた。


いつの間にかあたしは、眠っていたらしい。


傍らに俊ちゃんは居らず、おでこに乗っていたタオルもいつの間にか、

生ぬるく気持ち悪ささえ感じさせて。


肌にベタつく汗が、生ぬるいタオルの所為で余計にそれを増さていた。


熱は下がったのか、少しだけ体が楽になっていたけど。


不意に俊ちゃんのことが心配になり、起き上がってベッドから降りた。


フローリングの床の冷たさが、

折角布団の中であたためられていた足の熱を、瞬間に奪うのを感じる。


静寂の降りたとばりの中で、リビングからも物音のひとつも聞こえない。


無意識のうちにそっとドアノブに手を掛け、下に引いてそれを開けた。


ガチャッと小さな金属音が漏れ、隙間から差し込むリビングの明かりが、

今まで真っ暗だったあたしの部屋の闇を次第に奪って。




「…俊ちゃん…?」


声を掛けてみたが、やっぱり物音のひとつもしなくて。


出掛けたのだろうかと、仕方なくキッチンへ足を運んだ。


瞬間に、目に映る光景に驚きを隠せなくて。


鍋の中には、焦げ付いたご飯が茶色くガスレンジの上に残されていた。


三角コーナーには、何故か卵の殻が無数に捨てられている。


出しっ放しの野菜や調理用具。


強盗ではなくこれは多分、俊ちゃんの仕業だろうけど。


ふとテーブルの上に広げられていたものを見つけて。


今度は、思わず笑みが零れた。


色々調べたのだろう調理本に、

思いついたのか諦めたのか、ネットの画面を印刷した紙切れ。


《雑炊の作り方》


そう書かれたそれを見て、笑うなと言う方が無理なんだ。


料理さえ出来ないあの人が、あたしのためにこんなことまでしてくれていたなんて。


本当に、たまには弱ってみるのも悪くないのだろう。


俊ちゃんの不器用な優しさが、すごくくすぐったかった。


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