《短編》家出日和
タイムリミット
今朝、まだ眠る俊ちゃんを確認して、静かに住み慣れた家を出た。


左手に持ったボストンバッグには、昨日の夜に適当に詰めた衣服が入ってるだけ。


どうなるのかなんてわかんないし、先のこともまだ決めてないけど。


お金さえあれば案外、どうにでもなる気がする。



まだ朝だと言うのに照りつける日差しの中、両親のお墓に向かって。


“心配掛けてごめんね”とだけ告げた。


そして足が向いた、この懐かしい動物園に来て今に至る。






この3年のことを懐古している間に、本日2度目のフラミンゴの散歩を見た。


目の前に居る象の豪快な食事シーンも何度か見た。


飼育員にも怪しい目で見られたし。


暑いし正直、帰ってしまいたい。


時刻はいつの間にか、昼をとっくの昔に過ぎて。


閉園まで、残り1時間。


未だに俊ちゃんは、あたしを見つけてくれないのだと思うと、

期待してなかったとはいえ寂しいものがある。


もしかしたら俊ちゃんは、あたしを探すことさえしていないのかもしれない。


所有欲は強いくせに、面倒くさがりだしね。


この時刻になってもまだ、セミは鳴き続けてる。


限られた命の炎を、

短い短いその命の炎を、生きている間に燃やし続けようとしているのだ。


そう考えると、怒るに怒れない。


なのにあたしは、今まで何のために生きてきただろう。


俊ちゃんの世話をするため?


だけど、そんな風にだけは思いたくないんだ。


何のために俊ちゃんは、あたしと一緒に居続けたのだろう。


最後の最後に、ちゃんと聞いておけば良かったね。



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