《短編》家出日和
あたしの涙を見た俊ちゃんは何も言わず、

深いため息を吐き出しながら、隣に腰を降ろして煙草を咥えた。



『…何で動物園?』


すっかり辺りは陽が沈み切り、薄墨の世界に流れる仰げば尊しのメロディーが、

より一層、物悲しさを際立たせていた。


隣で煙草の煙をくゆらせながら俊ちゃんは、それだけ聞いてきて。


だけどあたしは、何も答えられなかった。



『…何か、懐かしいこと思い出すな…』


そう俊ちゃんは、優し声で呟いて。


その声にあたしは、胸が締め付けられた。


遠い遠い昔の記憶が、心の奥底から蘇ってくる。



“俺が亜里沙のこと、一生守ってやるから”


俊ちゃんはあたしに、確かにそう言ってくれたんだった。


そんな大切なことを、今の今まであたしは、忘れていたんだね。



『…何で家出たのか知らねぇけど。
俺より亜里沙のこと知ってるヤツなんて居ねぇし、俺ほど亜里沙のこと好きなヤツも居ねぇよ。』


「―――ッ!」



今、何て言った…?


ゆっくりとあたしは、俊ちゃんに顔を向けた。


そこには、諦めたように優しく笑う俊ちゃんの顔があって。


昔のままの顔してた。



『…憎いままでも、恨み続けてても良いよ。
そんなんでも“理由”になるなら、何でも良いから。』


「―――ッ!」


ただ、涙ばかりが溢れて。


折角優しい顔してる俊ちゃんの顔が、歪んで映る。


屈折してて、やることめちゃくちゃで。


だけど何故か愛しさばかりが込み上げてくるあたしはきっと、

そんな俊ちゃんよりもずっと馬鹿だ。



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