わたしの魔法使い
ビルもない。華やかさもない街だったけど、朱里がいればすべてが楽しかった。

もう会うことはできない。

でも、あの街に戻りたい。


「……颯太。もう一度言うわ。戻ってきて。」


母さんの目は真剣で、ほんの一瞬だけ、大好きだった頃の母さんを見た気がした。

だけど、それは本当に一瞬の事で、あの冷たい、何を考えているかわからない目に戻っていた。


「…――そこで止めて。」


車が止まったのは見慣れたビルの前だった。


「創遊社……?」

「あなたが出ていってからの事、知らないとでも思ってた?全部知ってる。ここで働いていたことも。」

「奏さん?」

「彼女の事、傷つけたわね。ごめんね、颯太。醜い嫉妬よ。母親として、女として、あなたを手放したくなかった。本気で取り戻したかったの……」


そう言って、母さんは涙を流した。

初めて見る母さんの涙だった。


「…――そんな…そんなことでかよ!」

「そう……そんなことで。そんなことだけど、あなたが幸せそうな顔してるのが、憎かったの。その顔を歪ませたかった。」


僕はまた、母さんに振り回されたのか……

知らない女に売られ、本気で好きになった彼女も奪われ……

僕の人生を、母親が歪めていく。



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