わたしの魔法使い
次第に近づく田中さんの瞳は熱を帯びている。

もう限界なのかもしれない。

キスもしないまま、待っていてもらうのも……

これ以上田中さんを傷つけちゃいけないよね。

こんなに待っていてくれたんだから……



「…――ほら」

「え……?」

「またそんな顔する……」

「……?」

「今にも泣き出しそうな顔。僕がこんなことすると、必ずそんな顔になるんだよ……」


泣き出しそうな……

そんな風に見えてたんだ……

自分では気がつかなかった。

田中さんにキスされること、嫌じゃない。

だけど、どうしても颯太が忘れられない。

こんなに田中さんが思ってくれるのに……



「…もう、限界だよ。僕もそこまで大人じゃない」


そう言うと、田中さんはスッと立ち上がった。


「朱里ちゃん。楽しかったよ……約束守れなくて、ごめん」


田中さんは胸のポケットから1枚の紙をテーブルに置いて、静かに部屋を出ていった。

引き留めることができなかった。

田中さんを利用して颯太を忘れようとした罰だ。

私はまた、一人になった。

颯太を傷つけ、田中さんも傷つけた。

私は、私の存在は、誰かを傷つけるだけなの?



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