わたしの魔法使い
「…――お久しぶりです。」

『中埜君か…どうした?』


僕は手短に、これから本屋を始めること、仕入れに関しての相談があることを話した。

電話の向こうの田中室長は、少し驚いたようだった。


『…会社にいた頃は、全然接点がなかったのにな。頼ってくれて嬉しいよ』


そう言ってくれた。




ごめんなさい。室長。

僕は不純な動機で室長に連絡しました。

朱里のことが知りたくて……

元気なのか?

本は書いているのか?

ちゃんと笑えているのか?


そんな僕の不純な気持ちを察したのか、


『…朱里ちゃんなら元気だよ。』


そう笑った。


そうか……元気でいるんだ……


ホッとした。

朱里が元気でいる。

それだけでいい。


……って、なんだかオヤジくせぇ…

まあ、もうすぐ30になるからオヤジなんだけど。



『それともうひとつ。朱里ちゃんは今……』


室長の言葉に何も考えられなくなった。

たぶん“そうですか”とか“もう関係ないから”とか言った気がする。

あれから1年。朱里は新しい“今”を生きてる。

僕がいなくても。

そうだよね。あんな真っ黒の僕なんて、もう忘れちゃったよね。

でも……何だろう?


胸が苦しい……




< 238 / 303 >

この作品をシェア

pagetop