マスカケ線に願いを
「ユズ」
「ん?」
「おやすみ」
私は、そっとユズの手に触れてそう言った。
これが、私の精一杯。
まだ、ユズに近づけるだけの強さはない。
そんな私にユズは顔を近づけた。
「あんまり待たせるなよ、男の理性なんか、いつ飛んでもおかしくないんだからな。特に好きな女の前じゃあ」
「っ」
そんなことを、たっぷりと色気を込めた声音で言われたら、たまったものじゃない。
真っ赤になって硬直した私を置いて、ユズは笑いながらその場を後にした。
ユズの車が走り去った後、私はそっと自分の唇に触れた。
ユズと繋がった、暖かい唇。
愛おしくて、飛び込んでしまいたくて、涙が出そうになった。
週明け、早めに事務所に着いた私は、小夜さんを待っていた。何気なしに確認するのは、携帯のメール。
『お礼なら、杏奈ちゃんのお友達にするといいよ。俺にストーカーのことを教えてくれたんだ。心配してたみたいだよ』
私のお礼に対するコウの返信。
彼によると、誰にも相談する様子のなかった私を心配して、小夜さんがコウにストーカーの話をしてくれたらしい。
すると幸い、さほど待つことなく、小夜さんがフロアに現れた。
「小夜さん」
「あ、杏奈ちゃん。おはよう」
にっこりと笑う彼女は、年上なのに可愛らしいと思う。