マスカケ線に願いを



 資料集めが一区切りついて、私はお手洗いに向かった。

「本当、すました顔して腹立つ」
「なに、大河原さん?」

 そんな会話が、聞こえてきて、私は足を止めた。

「まあ、あれだけ美人だったら仕方ないんじゃない? 男のほうから寄ってくるでしょ」
「ふんっ、それで仕事もばりばりされたら、こっちの出る幕なくなっちゃうでしょうが。蓬弁護士も久島弁護士も、あんな人に鼻の下伸ばしてるなんてね」

 自然と、ため息が出た。

「ふん、男とか弄んでるに決まってる」
「まあ、顔がいいと得よね」

 ああ、駄目だ。
 我慢しなきゃ。
 でも、体が勝手に動いてしまう。

 私はわざと音を立ててお手洗いに入った。はっと、話をしていた二人が私のほうを見た。

「こんにちは」

 にっこり笑顔で告げてやる。二人が顔をしかめたのがわかった。

「私に文句があるんでしたら、面と向かって言ってください。私、気にしませんから」
「なっ……」

 駄目だ、止まらない。

 すっと表情を消して言った私に、二人は顔色を変えた。

「な、生意気よ、貴女!」
「面と向かって言ってくださった方が随分いいです。影でこそこそ言われるより。私のことが嫌いなら、嫌いってはっきり言ってください。私は、自分の陰口を言うような人は好きになりませんし」

 ほんと、私って協調性がない。
 言いたいことは、面と向かって言わなきゃ気がすまないし、我が強すぎる。
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