マスカケ線に願いを
「実はな、小町と昔付き合ってたんだ」
「……っ」
ちょっと、憚るものがあるかのように言うユズに、身体がびくりと震える。
「大学時代に、な。でも、卒業してすぐ別れたんだ。お互い忙しくなって。小町は結婚したんだけど……」
自分の離婚調停を、小町さんは元彼であるユズに頼んだ。
「きっと、ユズを頼りにしてるのね」
不安を心のうちに押し隠して、私はそう言った。
「まあ、俺もエリート弁護士とか言われちゃってるからな」
冗談めかして言うユズに、私も笑う。
「ユズの努力の賜物でしょう?」
「そう言ってもらえると嬉しい」
そしてユズはそっと目を伏せた。
「小町、旦那から暴力受けてるらしい」
「それって……ドメスティックバイオレンス?」
ユズはうなずいた。
「あいつ、大人しいタイプだからさ、誰にも相談できないみたいで」
大人しいタイプ――私とは、正反対。
「今度、仕事抜きで話がしたいって言われたんだ」
私は、ユズを伺った。ユズは、私の反応を見ているようだ。
「杏奈が気にするなら……」
「行っておいでよ」
私は、素直じゃないから。
「きっと、心細い思いしてるはずだから」
私は、彼女と違って一人で歩けるタイプだから。