マスカケ線に願いを



「ユズ?」

 仕事が終わって事務所を出ると、正面でユズが待っていた。

「遅かったな」
「待ってるなら、メールくれれば良かったのに」

 ユズは笑う。

「仕事の邪魔はできないよ。さ、乗った乗った」

 私は促されるまま助手席に乗りこんだ。

「杏奈、今日は泊まってけ」
「え、うん、いいけど」
「それじゃあ、決まり」

 にやっと笑ったユズに、私は苦笑した。


 ユズの部屋に入って、食事の用意をしていると、ユズはまた資料を読んでいた。
 離婚の話がどうなっているのか気になるものの、それをユズに訊ねるのは躊躇われる。

「……聞かないんだな」
「え?」

 私が席について、料理に箸を伸ばしたとき、同じように資料を片付けて食べ始めたユズがそう言った。

「小町のこと、気にならないのか?」

 気にならないと言えば、嘘になる。

「気にならないことはないけど……」

 だけどそれを私から訊くのは、やはり躊躇われる。

「正式に離婚が決まった。慰謝料の相談もまとまって、来週、離婚届を提出するらしい」
「そう……」

 私は相槌を打つしかできない。そんな私をユズが見た。

「小町が、お礼をしたいんだそうだ。杏奈も一緒にどうだ?」
「え……?」

 私は耳を疑った。

「ユズへのお礼に、私も?」
「小町が俺の彼女に会いたがっててね」
「私に?」

 仕事中に私の話をしたのかと思い、顔をしかめる。
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