マスカケ線に願いを
第六条 己の心を取り戻すべし

 ユズの申し出



 一緒に暮らさないか、そのユズの言葉を聞いたとき、何故か私は素直に喜べなかった。私の心の中で、チクリと何かが音を立てたんだ。
 もしも、このままユズと一緒に暮らしたら、きっと何の不自由もないのだろう。一緒にいる時間も増え、もっと甘い日々が待っているのだろう。

 何を、躊躇う必要があるんだろう。このままうなずいてしまえば、確実な幸せが待っているというのに。
 だけど、何かが駄目だ。

「杏奈?」

 黙ったままの私を不審に思ったのか、ユズが訝しげな顔をした。

「……ごめん、ちょっと、驚いたから」
「いきなりすぎたかな」

 私は、浮かない顔をした。そんな私を、ユズが心配する。

「杏奈、そんな深刻に受け止めなくてもいいんだぞ?」
「……うん」
「いや、幸樹が、俺ら一緒に暮らしてるのと変わんないんだから、いっそのこと一緒に暮らしちまえとか言うから……」

 言い訳のようなユズの言葉も、私には届かなかった。

「ユズ、ちょっと……考えさせて」
「ん、ああ」

 私は無理やり笑みを作った。

「ほら、早く食べよう」
「そうだな」

 私の心の中は、少し混乱していた。


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