マスカケ線に願いを
心の整理
ユズはこちらに背中を向けている格好なので、私に気づいている様子ではない。その代わり、一緒にいる女の人の顔がはっきりと見えた。
ユズと一緒にいたのは、長い髪の毛を巻いている綺麗な女の人だった。くりくりの大きな瞳をユズに向けて、楽しそうに話をしている。多分、私よりも年上で、少し気の強そうな感じのする人。無愛想な私と違って、良く笑う人だった。
「杏奈、どうしたの?」
突然足を止めた私を見て、京子が首をかしげた。
「なんでもないよ。皆待ってるから急ごう」
「え、うん……」
私は笑顔を作って、その場を後にした。
堕ちるかと、思った。
だけど私の心は異常に冷静で、凍りついたようだった。
ユズが浮気をしている、そうは思えない。いや、思いたくない。
あれだけ一緒の時間を過ごしていたのに、私が距離を置きたいと言ったとたんこうなるのだろうか。
もしも、私が未だにユズに依存していたならば、片時も離れたくないと思っていたなら、私は壊れていたかもしれない。
だから、良かった。少しでも、考えるだけの冷静さを取り戻していて。
事務所にいれば嫌でも耳に入ってくる、噂話。
「聞いた? 蓬弁護士、夜な夜な女と会ってるらしいわよ」
「あ、私、お昼一緒に食べてるところ見たことあるわ」
「本当? 大河原さん、いい気味よね」
それはあたかも不協和音で、私の耳を不快にさせるものだった。
「杏奈ちゃん……」
小夜さんが心配そうに私を見るので、私は微笑を返した。
「大丈夫ですよ。心配しないで」