マスカケ線に願いを
理不尽な事
屋上から戻ってきた私の耳に、先輩達が話している声が届いた。
「大河原さんと蓬弁護士、最近一緒にいないわよね」
「別れたんじゃないの?」
「ふふ、良い気味じゃない」
ユズが由華さんといたことも拍車をかけたのか、案の定私達が距離を置いていることで、先輩達が噂をしていた。
きっと、この噂がコウの耳にも入ったのだろう。だから、あんなことをしたんだ。
「杏奈ちゃんっ」
デスクにつこうとした私に、小夜さんが話しかけてきた。今にも泣きそうな顔で私を見ていて、私は驚く。
「どうしたんですか?」
「別れてなんか、ないよね?」
「別れたら真っ先に小夜さんに教えてますよ」
苦笑しながら言う私に、小夜さんがむっとする。
「だったらそんな平然としてないで、言い返しなさいよ!」
ころころ変わる表情に、私は可愛いななどと全く関係ないことを考えていた。
「言い返しても、きっと無駄ですよ。会ってないのは事実ですから」
「なんで会わないのっ?」
小夜さんはどうも、自分のことのように感じているらしい。私のことを誰かが自分のことのように心配しているというのは初めての経験で、少しくすぐったい。
「……ちょっと、心を落ち着けたかったんです。でも、もう大丈夫」
「本当に?」
私は小夜さんに笑いかけた。
「私が意固地になってただけですから」
「それじゃあ、大丈夫なの?」
大丈夫かと聞かれれば、本当は大丈夫じゃない。
いまだに凍りついた心が完全に溶けたわけじゃないし、ユズと顔を合わせるのも躊躇われた。
だけどもう少し時間があれば、折り合いをつけられるような気がした。