マスカケ線に願いを
「黒田さん、今会社にいるんだってさ。取締役と丁度一緒にいて、印鑑証明書の控えがあるらしい」
「本当ですか?」
「午後まで待って、本当に届かなかったら俺が取りに行くから」
コウの言葉に私は驚く。
「そんなことしたら、いったい何時になると思ってるんですか」
「でも杏奈ちゃんは、そのあと書類を仕上げるんだろう?」
確かに、印鑑証明書が届かなくても、今日は事務所に残る気でいた。頼まれたからには、きちんとこなさなくてはいけないから。
小夜さんが躊躇う私の肩を叩いた。
「いいの。好意は素直に受け取るものよ」
「小夜さんの承諾が出るなら、安心ですね」
「なんだそれ」
私の言葉に、コウも笑った。
「それじゃあ、用意できる分だけ用意しておきます」
「本当に、大企業ともなると困ったもんだな」
「まったくよね」
一抹の不安をぬぐえずとも、私はまだコウや小夜さんと一緒に笑っていられた。
事態が深刻化したのは、午後になっても印鑑証明書が届かず、高島君とも連絡が取れないと気づいたときだった。
時間を見れば、もうすでに四時を回っている。
『コウ、さっきのお話、考える方向でお願いします。未だに印鑑証明書が届かないんです』
『わかった』
短いメールのやり取りの後、再び高島君に電話をするけど、やはりつながらない。
「……もう、なんなのよ」
自分達が必要な書類だからって、急ぐからって頼んできたのに。