マスカケ線に願いを
「大河原さん、大丈夫?」
「え?」
話しかけてきた金田君にも、とげとげしい声を出してしまう。
「き、機嫌悪いね……」
「ごめんなさい。でも、このままだと残業コースだから」
眉間にしわのよった私に、金田君が苦笑する。
「そっか……がんばってね。それじゃあ、俺は先に」
「気をつけて」
五時を回ってから、少しずつ帰っていく同僚を見送りながら、私はため息をついた。
「杏奈ちゃん、私も待ってるよ」
「え? 悪いですよ」
仕事が終わったらしい小夜さんが、声をかけてきたころには、時刻はすでに六時になっていた。
「ほら、幸樹が印鑑証明書届けるんでしょ? どっちにしろ待ってるから」
照れたようにそう言った小夜さんが、主のいなくなった金田君のデスクについた。
「杏奈ちゃんについててあげてって、幸樹からメールが来たことだし」
「え、本当ですか?」
「ええ、あの人ったら、杏奈ちゃんのこと妹だと思ってるんじゃない?」
小夜さんが呆れたように笑った。
「でも、嬉しいです。私はお兄ちゃんが欲しかったから」
「あら? ちょっと妬けちゃうわね」
小夜さんが笑う。私達は一緒にパソコンの画面を覗き込んで、印鑑証明書が届く前提で作れる部分を製作した。
時刻が九時を回った頃、コウがフロアに現れた。
「悪い、ちょっと時間かかった。これが印鑑証明書だ」
「コウ、ありがとうございますっ」
私はお礼を言って頭を下げる。