マスカケ線に願いを
もしも私が頑なな態度を取れば、きっとコウや佐々木主任にも迷惑がかかる。そして、この法律事務所にも。
私はこのまま自分の落ち度を認めて、責任を取らなくてはいけないのだろう。
だけど、本当は悔しい。
本当は、感情に任せて私にこの仕事を持ってきた高島君と田中さんを罵りたい。だけど私の理性はそれを許さない。
それにそんなことをすれば、私だけの問題じゃなくなってしまう。
「……」
本当に、悔しい。
「私が辞表を出せば済む問題なんですね?」
「わかっているじゃないか」
「大河原君っ」
佐々木主任が非難の声を上げる。コウが腰を浮かしかけたのが見えた。
「待ってください、大河原君は未来ある優秀な人材なんです。それなら私が辞表を……」
「主任、やめてください。これは私の責任ですから」
私は佐々木主任を制して、立ち上がった。
「それでは失礼しました」
私は一礼してコンフェレンスルームを後にした。
「杏奈ちゃん!」
二階に戻ろうとしたところで、コウに呼び止められた。
「久島弁護士、部屋にいなくて大丈夫なんですか?」
「そんなことより、あんな理不尽なこといいのかよ」
コウが声を荒げる。だけど私はため息をついた。
「良いわけないでしょう」
「なら……」
「だけど一介の司法書士である私に一体何ができるっていうんです?」
私の言葉に、コウは口をつぐむ。
「副所長が相手の味方してるんですよ? 下手したら久島弁護士や佐々木主任の責任にまでなりかねません。私が身を引けば相手は納得するんです」
「……杏奈ちゃん……」
私が抑えてる激情に気づいたのか、コウが眉尻を下げた。
「今から辞表を書いてきます。くれぐれもユズには黙っておいてください」
「黙って、って……」
「帰ってきたら知られるとは思いますけど、でも、ユズにも迷惑はかけられませんから」
ユズに迷惑をかけるなんてもってのほかだ。