マスカケ線に願いを
そのとき、携帯が着信を告げるメロディーを奏で、私はびくりと身を震わせた。涙をぬぐった私は、携帯を確認する。
それは、ユズからの着信だった。
「……もしもし」
今にも震えそうになる声に鞭を打って、私は電話に出た。
『もしもし、杏奈?』
「ユズ、そっちはどう?」
『建築とか凄い綺麗で興味深いけど、やっぱ杏奈がいないと物足りない』
ユズの口調を聞く限り、コウはユズに何も伝えていないのだろう。
「私も、ユズに会いたいよ」
『お互い、もうちょっとの辛抱だな』
私の目から、一筋の涙が静かにこぼれた。
ユズの声の向こう側から、異国の言葉が聞こえてくる。ドイツでは昼前であることを、喧騒から感じ取れた。
「ユズ、大好き」
『お、嬉しいこと言ってくれるじゃないか』
異国の地から電話をかけてくるユズは、こちらに帰ってきたら一体どんな反応を見せるのだろう。
『帰ったら、一緒に暮らそうな?』
「うん」
そのときに、私が職を失っているということに気づいたら、ユズは一体何と言うんだろう。
でもユズが帰ってくる頃には、このことは終わったことになっているはず。
そうれならば、ユズだってどうにかしようとは思わないだろう。
「電話代かかっちゃうから。また、帰ってきたら話そう?」
『ああ。おやすみ』
「通訳、頑張って」
電話を切った瞬間、私は空虚な気持ちに襲われた。
何を間違ったのだろう。
これが私のつかんだ未来なのかな。
それとも、ユズがいるから、それでいいの?
答えの出ないこのもどかしさは、言葉には言い表せなかった。