マスカケ線に願いを
躊躇の先
あまり眠れなかった私は、翌日早めに家を出た。他の人に鉢合わせしたくなったというのもある。
だけど私が事務所についたとき、小夜さんがすでに来ていた。
「杏奈ちゃん」
「小夜さん……」
硬い顔で、小夜さんが私に近づいてくる。私は、苦笑した。
「まだ、誰もいないと思ったのに」
「そして何も言わずにいなくなろうって思ったの?」
責めるような小夜さんの言葉に、私は泣きそうになった。
「ごめんなさい。でも……」
「なんで、蓬弁護士や幸樹達に助けを求めないの? 他の弁護士だって、こんな理不尽なこと許すわけないでしょ!」
「そんな迷惑はかけられませんっ」
ただでさえ、コウはあの会社の顧問弁護士をしているんだ。それにこれが醜聞として広がれば、この法律事務所の立場も悪くなる。信用第一の仕事なのだから。
「私、この事務所、好きですから」
「杏奈ちゃん……」
「私がごねてどうにかなる問題だったら、私は黙ってなんかいません。でも、これはどうにもならないことでしょう?」
私は、自分の荷物をまとめにかかった。
「それでも、正しいことが権力に負けてしまうなんて、悔しいですけど」
「……っ」
はっと息を呑んだ小夜さんは、黙って私を見ていた。だけど、そっと口を開いた。
「蓬弁護士には、もう言ったの?」
「……まだ、言ってません」
「なんでっ?」
「ユズに言ったら、今すぐにでも日本に帰ってきちゃいますから」
そんなことを、私は望まない。