マスカケ線に願いを
「杏奈ちゃんはね、一人で汚名背負って、事務所の名前が汚れないようにしてくれてんだよ! 貴女達にそんな杏奈ちゃんを罵られたくない! 今すぐ謝って!」
大田さん達は、小夜さんの剣幕に押されてか、小さく謝罪の言葉を口にした。
「小夜さん……ありがとうございました」
頭を下げながら、とうとう私の目から涙がこぼれてしまう。それを見た、その場にいた全員が息を呑んだのが、私にはわかった。
だけど私はすぐに涙をぬぐって、顔を上げる。
「また、外でお会いしたら、声をかけてください」
「大河原さんっ」
背を向けた私に、大田さんが声をかけた。
「ごめんなさい」
「……もう、いいですから」
私は振り返らずに、そのまま事務所を後にした。
部屋に帰って何をするでもなくぼんやりしていた私は、呼び鈴に気づいてはっとした。時計を確認すれば、すでに十二時を回っている。
「誰だろう……」
まだ知り合いには仕事をやめたことを言っていないし、平日のこんな時間に尋ねてくるなんて不自然だ。
かつての、ストーカー事件を嫌でも思い出した。
私は用心しながら、インターホンに出た。
『杏奈ちゃん、俺。開けて』
「え……、コウ?」
予想外の訪問者に、私は目を丸くする。そして慌てて扉を開いた。
「コウ、どうしてここに?」
「管理人に聞いた。このマンションに住んでるのは、前にユズから聞いてた」
「とりあえず中へ」
リビングに落ち着いたコウだけど、私は顔をしかめる。