マスカケ線に願いを
「仕事の時間でしょう?」
「昼休みだ」
「で、何の用件ですか?」
「やっぱ納得いかない」
コウが真剣な顔で切り出した。
「杏奈ちゃんがやめなくちゃいけないことに、納得できない」
「……もう、終わったことです」
だけど、コウはやはり納得がいかないようだった。
「今からでも間に合うだろ? こんな理不尽なこと……悔しいだろ」
コウの言葉に、ぎりぎりのところに引っかかっていた何かが、私の中ではじけた。
「いい加減にしてください」
「え?」
「一番悔しいのは私です。その私がもういいって言ってるんです。だから、もう放っておいてください」
私は唇を噛む。
「どうにかできることだって、わかってるんです。でも、コウや黒田弁護士は、あの会社の顧問弁護士なんですよ? 自分の立場を、わかってください」
「杏奈ちゃん……」
「法律事務所の信用が下がったら、どうするんですか……コウの立場がないでしょう」
たかが司法書士。
切って終わり。
「権力なんてものは、逆らっちゃいけないものでしょう。でも、本当は、悔しいんです」
言葉が途切れ途切れになってしまうのは、感情が高ぶっているせい。震えているのも、同じ。
「コウだって、私が頑固なの、ご存知でしょう? ほら、早く仕事に戻らなくちゃ」
「……ごめん」
「っ」
コウの切ない声に、私ははっと息を呑んだ。
「無力な弁護士で、ごめんな……」
そう言って立ち上がったコウは、もう何も言わずに部屋を後にした。
しばらく呆然としていた私は戸締りをして、ソファに崩れ落ちた。