マスカケ線に願いを


 部屋に入って荷物を置いたとたん、ユズが私を抱きしめてきた。
 ある程度予測していたので、私もユズを抱きしめる。

「会いたかった……」
「ユズ、言わなくちゃいけないことがあるの」
「ん?」

 私達は密着しながらソファに腰を下ろした。

 言うのが怖い。
 だけど、他の誰かからユズの耳に入るのはもっと嫌だった。

「私、事務所やめたの」
「……え?」

 よほど驚いたのか、ユズは呆けた声を出して固まった。

「驚く、よね」
「ちょ、一体、どうして?」
「……いろいろあったの」

 うまく説明できないことはわかっていた。
 だけど、ここまでとは。
 言葉が詰まってしまうだなんて、予想外だ。

「いろいろって……」
「私がした仕事に問題があったの。だから、その責任をとって辞表を出したの」

 私の言葉に、ユズが顔をしかめた。

「杏奈が、ミス?」
「私だって人間だもん。ミスくらいするよ」
「だからって、やめるほどのことじゃ……」

 私はそっとため息をついた。

「責任とってやめなくちゃいけないくらいの、ミスだったの」

 ユズがそっと私の頭をなでた。

「……そっか」
「うん」

 本当は違う。
 だけど、こう言うしかない。
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