マスカケ線に願いを

「自分の責任は、自分で取る性格だもんな、杏奈……」
「うん」

 何も知らないユズの言葉に、涙が出そうになった。

「……しばらくは、ユズの専業主婦してあげる」
「お、まじか?」

 納得がいっていないようだけど、ユズは微笑んだ。

「それが杏奈の決めたことなら、俺は文句なんて言わない」

 そうやって抱きしめてくれるユズに、私は一生包まれていたいと、そう思った。



 離れていた時間を埋めるように抱き合って、愛し合った。


 だけどそんな幸せの余韻のまもなく、翌日ユズは酷い形相で私に詰め寄ることとなる。



「杏奈」

 ユズが事務所から帰ってきて、開口一発私の名前を呼ぶ。
 その声のトーンを聞いただけで、ユズがかなり怒っているのを感じ取れた。

「……コウから聞いたの?」

 ユズは大きく息を吸って、そっと吐いた。

「ひどい噂になってた。みんな大声では言えないらしいけど、杏奈が可哀相だって」

 可哀相?
 少し予想外の言葉に、私は首をひねった。

「杏奈、俺は、納得できない」

 ゆっくりと、吐き出すように言ったユズが真っ直ぐ私を見つめてくる。その鋭い眼光に捕らえられて、私は身動きが取れなくなってしまった。

「あの会社を訴える」
「やめてよ」

 私は慌ててユズを止めようとするけど、ユズは聞いてくれなかった。

「ふざけんな」
「っ」
「法律事務所が権力に負けるなんて、そんなことあっちゃいけないんだよ!」

 こんなに熱くなっているユズを見るのは初めてで、私は驚く。

「まじ、ふざけんな」

 完全に頭に血が上ってるように見えるユズは、苛立たしげに携帯を取り出してどこかに電話をかける。
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