マスカケ線に願いを
「舐められて、たまるか」
「許せない」
ユズが何かを決心したようにつぶやけば、小夜さんもうなずく。
「杏奈、こっちには証拠がある。不当な退職請求、取り消すぞ」
「……うん」
迷惑が掛かると思っていた。だけど、こんなことは許せなかった。
「黒田さんも俺も、顧問弁護士を正式にやめてきたんだ」
「えっ」
コウの言葉に、私は思わず大声を上げてしまった。だけどコウは笑っていた。
「これで、戦うには万全な状態だろ」
「コウ……」
「おい、戦うって決めたのは俺だからな!」
ユズは私の顔を覗き込んで、にっと笑う。
「好きなんだろ、あの事務所が」
「うん……っ」
「杏奈の居場所、俺が取り戻すから」
「俺達が、な」
にっこりと私に笑いかける三人を見て、私の目から涙がこぼれた。それを見たユズが私を胸の中に閉じ込める。
「あー、杏奈の泣き顔は俺だけのだから」
「ふふっ……馬鹿。ありがとう……」
私はユズの胸に顔を押し付けて、嬉し涙を流した。
それから、私は自分のアパートに戻った。これから私のために働くユズと一緒に住んでいるという状況はあまり良くないと判断してのことだ。
それに、ユズに言われたから。
なにもかも終わったら、一緒に暮らそうって。
自分では何もできなくて、すべてをユズ任せだった。
以前の私だったら、自分で何もかもをしなくては気がすまなかったと思う。だけど、今はユズに任せても安心だと思っている自分がいた。
だからその一週間は、ユズ達がどうしているか気にしながらも、引越しの準備に費やした。
『杏奈、全部終わったから』
そんな電話が掛かってきたのは、ユズが帰ってきてから一週間経った頃だった。