マスカケ線に願いを
これで一緒に暮らしているんだと思うと、本当に不思議な気分だった。お互いの部屋を泊まりに行っていたときとあまり変わらない気もする。
ただ私の部屋がユズの部屋の隣に移っただけ。
でも今はそう感じるかもしれないけど、これからきっと変わってくるんだろうな。
そんなことを考えていると、またユズが顔を出した。
「準備できたか?」
「うん。行こう」
「あ」
部屋を出たところでユズが小さな声を上げた。
「どうしたの? 忘れ物?」
「いや、なんでもない。行こう」
ユズが笑って車の鍵を取り出す。私は首をかしげたけど、そのままユズと一緒に駐車場に向かった。
助手席に乗り込んで、私はそっとため息をつく。
「なんだ、朝っぱらからため息なんて。めでたい日なのに」
「うん、なんかちょっと緊張しちゃって」
私がそう言うと、ユズはハンドルに伸ばそうとしていた手を私の頭に置いた。
「大丈夫、普段どおりで」
「……うん」
私はうなずく。もう一度微笑んだユズが、エンジンをかけた。
「杏奈ちゃん、おはよう!」
「おはようございます」
「大河原さんっ」
小夜さんが私を見つけて挨拶をすれば、他の先輩方も私に近づいてきた。
「大河原さんが帰ってきて、良かった」
「大河原さん、良かったね」
普段はそんなに交流があるわけでもないのに、みんなが私に笑顔を向けてくれる。そのことが嬉しすぎて、私は顔がほころんだ。
「皆さん、私のためにありがとうございました」
「いいんだよ、あんな理不尽なこと許せないんだし」
「本当に良かった」
口々にそう言われ、本当にこの事務所で働いていて良かったと実感する。いや、このとき初めて実感した。
そこに佐々木主任が来た。
「大河原君、おはよう」
「おはようございます」
「本当に、良かった」
佐々木主任はまるで自分のことのように喜んでくれる。肩を叩いて祝福してくれる佐々木主任に、ずっとついていきたいと思った。