マスカケ線に願いを
「掃除、わざわざありがとう」
「いえ……お礼の代わりですので」
ユズは首にネクタイをかけて、私をまじまじと見た。
「……こういうのもいいかもな……」
「え?」
「いや、なんでもない」
聞き取れなかった私に答えることなく、ユズはそのまま部屋に戻っていった。
「?」
おかしなユズ。
私は止まってしまった手を再び動かした。
もともと散らかっていたわけではなかったけれど、それでも先ほどよりは綺麗になった部屋を見回して、私はうんとうなずいた。
「おわ、片付いてるな」
「あ、ユズ……」
スーツ姿のユズが、部屋を見回して感心したような声を出した。
思えば勝手に掃除してしまったけど、良かったのだろうか? さっきは何も言わなかったし、いいよね……?
「あの、勝手に片付けちゃって……」
「いや、助かった。ありがとうな」
にこっと微笑まれて、不覚にもどきりとしてしまった。
さすが、女の人達が目の色を変えるだけはある。
「杏奈、送ってく」
車の鍵を握りながら、ユズがそう言った。
「いえ、近いのでいいです」
「駄目。少しくらい甘えとけ」
ユズの言葉に私は微笑んで、そして言葉に甘えることにした。