マスカケ線に願いを
マスカケ女の姿勢
あの合コン後の、ユズとの一夜は、私にとって夢のようなひと時だった。
それは、夢心地だったという意味ではなくて、どうにも現実離れした、本当に起こった出来事ではないようなそんな感覚だ。
あの後すぐ私はいつもの日常を取り戻して、与えられた仕事をこなす日々に戻った。
幸か不幸か事務所でユズと顔を合わせることもなく、それが余計にあの出来事を不明瞭なものにしていた。
……はずだった。
いつものように、始業時間よりも早めに事務所の門をくぐり、いつものように二階に上がろうとした私。
その日が、いつもと違ったのは――。
「あーんな」
そう私を呼んだ声だった。
私はぴたりと足を止めた。この事務所の人間で、私をそう呼ぶ人の心当たりはただ一人。
「……蓬弁護士」
我ながら、恨めしそうな声が出てしまった。
ユズはきょとんと私を見て、わざとらしく首をかしげた。
「ああ、大河原さん」
そして、言い直す。
「絶対、わざとですよね?」
「ん、まあな」
この男……。
「で、何のようですか?」
ここは全所員が使う階段だから、誰に見られてもおかしくはない。できるならさっさと別れたかった。