マスカケ線に願いを
「なんだ、つれないな」
ユズはそう言って笑う。
「なんでもないよ、見かけたから声をかけただけだ」
そんなふうに言うユズは、私の邪険な態度を特に気にしているようではなかった。
「それじゃな。暇あったら、上、顔だせな」
「暇はないので、多分行きませんよ」
私の口から出るのは、そんな可愛くない言葉ばかり。それでもユズは笑ってくれた。
「堅いなー。暇はできるもんじゃなくて、作るもんだぞ」
そう言って、ユズは三階へと上がっていった。
「ねえ、大河原さんって、蓬弁護士と知り合いなの?」
案の定、朝のやり取りは見られていたらしい。
休憩時間に、いつもは挨拶程度の同僚の岩山さんが話しかけてきた。彼女は二十代後半で、事務所の先輩だ。
「知り合いというより、顔見知りです」
私の回答に、岩山さんは眉をひそめた。不思議そうに首をかしげる。
「いやね、朝、下の名前で呼んでるのが聞こえちゃって、親しいのかなーって! 今まで一緒にいるところとか見たことなくて驚いたのよ」
そう話す彼女は、間違いなくユズを狙うハイエナ一号だろう。
「きっと『あんなこと』とか仰ってたのを、聞き間違えたんだと思いますよ。下の名前で呼び合うような仲ではないですから」
本当は、下の名前で呼ぶことを強要されているけれども。
かなり苦しい私の言い訳にも、岩山さんはにっこりと微笑んた。