マスカケ線に願いを
「あんな、ことかぁ! ふふ、呼び止めてごめんね」
「いえ」
去っていった岩山さんの背中を見て、私はそっとため息をついた。
ユズはあんな人だから、これからことあるごとに私に関わってくるかもしれない。
そうだとしたら、他の女の人達に目をつけられる気がする。
私は誰にどう思われようと気にしないけれど、それでも周りが騒がしくなるのはできるだけ避けたいのだ。
ユズも久島弁護士も、独身でエリート、それに加えて容姿も端麗だ。女の人がこぞって目の色を変えるのもわかる。
だけど私は彼女達とは違う。下の名前で呼ばれているからといって、思い上がったりはしない。
ユズが私にどんな感情を抱いているのかはわからないけど、興味を持っているのだけは確かだと思う。
そうじゃなきゃ、下の名前で呼びたいとか、これから彼を頼れとか、言わないと思うから。
だからといって、それで私の何かが変わるというわけじゃない。今までの生活を、これからも続けるだけ。
「ふう、終わった……」
明日の朝に提出しなくてはならない書類の依頼が午後に来たため、私は残業をしていた。そしてやっと、その作業が終わる。
背伸びをして、書類を印刷して、ミスがないか最終チェックをする。
「よし」
私は書類を茶封筒に入れて、主任のデスクに置いた。ポストイットで、きちんとメモを残す。これで、明日は早朝出勤をする主任もわかりやすいだろう。
「お先に失礼します」
「お疲れ様」
他にも残っている人達に挨拶をして、私は事務所を出た。
出入り口を出て階段を下りていると、正面に見慣れた車があるのに気づく。