マスカケ線に願いを

「はぁ……」
「おいおい、ため息なんかつくなよ」

 ため息だってつきたくなる。

「どこに向かってるんですか?」

 拉致されたら敵わないので、一応訊いてみる。

「スーパー」

 案の定、私のマンションが行き先ではなかった。

「私、仕事終わったばっかりで疲れてるんですけど」
「知ってる」
「休みたいと思ってるんですけど」
「わかってる」

 全然わかっていないと思う。

「もう、なんでそんなに強引なんですか?」
「これくらい強引にしなきゃ、杏奈は俺と話してくれないだろうから」

 ユズが一瞬、横目で私を見た。
 きらりと光る瞳に捕らえられ、何も言えなくなる。

「杏奈は、なんで俺のこと避けるわけ?」
「え……」
「俺は杏奈のこと知りたいなとか、もっと仲良くなりたいなとか思ってんのに、杏奈淡白すぎ」

 笑いながらそう言われても、反応に困る。

 私は、ユズのことをよく知らない。
 ユズだって私のことをよく知らない。

 私のことを知りたいと言われると、少し怖い。
 男達は皆、私のことを知ったら離れていったから。

『杏奈に俺は必要ないだろ』

 皆、勝手に同じことを言って去っていったから。

 ユズも、きっと私のことを知ったら、去っていくんだと思う。
 皆と同じ台詞をはいて、私から離れていくんだと思う。
 そう思うと、私のことを知らないままで、今の関係を続けられた方が良いと思ってしまう。

 どうせ去っていくのなら、一人でいたほうがいい。
 他人に気を許したら、傷つくのは私だ。
 他人に気を許したら、負けだ。
< 44 / 261 >

この作品をシェア

pagetop