マスカケ線に願いを
「どうしたんですか? 珍しい」
同じ事務所内にいても、弁護士が二階に下りてくることなど滅多にない。
そして、かの久島弁護士が現れたものだから、女の人達が小さく感激の声を上げるのがわかったし、また嫉みの視線を向けられたのもわかっていた。
ユズのことだけでも、これだけ騒がれるのに、そこにまた久島弁護士のことが加わるとなると少々……いや、かなり面倒だ。
ともあれ、名前を呼ばれているのだから応えないわけにはいかない私は、律儀に久島弁護士の元へと向かっていた。
やっぱり何度見ても、久島弁護士はライオンみたいだ。
久島弁護士はにこっと笑った。
「昼、俺達と一緒にどう?」
その笑みがどこか白々しい。そして俺達、ということは、ユズも一緒なのだろう。
しかし、ただでさえ煩わしい噂話が、久島弁護士のこの一言のおかげで今後もっとうるさくなることが確定してしまった。
それでも私は、せめてもの抵抗を試みることにする。
「すぐに仕事を再開するので、お昼は簡単に済ませるんです。久島弁護士達はゆっくり食べてください」
精一杯の笑顔で……少しひきつっているかもしれないが、そう言った。
「そう。それじゃ一緒に来て」
「え?」
久島弁護士は、にっこりとそう言い放つ。
「ユズが呼んでるんだ。もし大河原さんを連れて行かなかったら、俺が怒られるんだよな」
そんなことをけろりと言う久島弁護士に、私はジト目で応えた。
目元で笑いながら、久島弁護士は小首をかしげる。
「そんな顔しなさんな。ユズが呼んでるのは本当のことなんだから」
「なんでですか?」
呼ばれる覚えはないので、一応訊ねる。
「さあ? なんか随分慌てた様子だったけど」
「慌てた?」
「そ。手が離せないようだったから、俺に頼んだらしい」
「……なんで私を?」
「さあ?」
にやにや笑いながらそんなことを言われる。
この漫才コンビ、一度どうにかしなくてはならないらしい。