マスカケ線に願いを
「そう急いで食べると、身体に悪いですよ」
私は呆れ半分でそう呟く。ユズはむうっと箸の早さを緩めた。その様子を見ていた久島弁護士が、ぶっと噴き出す。
「杏奈ちゃんにかかると、ユズは随分素直だなぁ」
「うるさい」
「なんですか、それ」
私は諦めて、お弁当を食べる。ユズは咀嚼しながら横目で資料を読んでいる。それを眺めながら、感想を漏らした。
「蓬弁護士でも、こんなに自分を追い詰めるんですね」
「俺でもってなんだ」
私の感想に、ユズは笑った。
「裁判は、経験の差がものをいう場所だから、俺みたいな新人は努力で経験の差を補うしかないからな」
そう言った。
正直、格好良いと思った。
私は蓬弁護士がいくつかの難しいといわれた裁判に勝っているのを知っている。だから、エリート弁護士として、うちの事務所の看板になっているのだから。
蓬弁護士の自信満々な様子を見ていた私は、それは天性の実力なのかと思っていた。でも違う。蓬弁護士の栄光は然るべき努力の元に成り立っているものなんだ。
そしてその努力を厭わないし、自分の経験不足を隠そうともしない。
とても、懐の大きい人なんだと思った。
「頑張ってくださいね」
「おう」
これでは、私はただ邪魔しに来たようなものだ。困ったように久島弁護士を見ると、久島弁護士は自分に任せろとでも言うふうにうなずいた。
「でもな、ユズ。自分の体調管理も出来ないのは、弁護士失格だぞ」
「……食ってるだろ、ちゃんと」
「杏奈ちゃんが来なかったら食わなかったろ。聞いてくれ、杏奈ちゃん。こいつな、前に裁判終わった直後倒れてんだ」