マスカケ線に願いを
唐突な衝動
「大河原さん」
「あ、久島弁護士……」
事務所の階段を上っているところで声をかけられた。そこにいたのはコウだった。そういえば、前にユズにも声をかけられたっけ。
「どうした?なんか顔色悪いけど」
「……なんでもありません」
本当は、なんでもなくない。
差出人不明の気味の悪い紙切れが、私を追い詰めてる。
だけど、それをコウに言う気はなかった。ユズにも。
「そう? 疲れすぎてるんじゃない?」
「そうかもしれませんね」
「体壊したらユズに叱られるぞ。それじゃ」
コウは手を振って、三階へと上がっていった。
休憩時間に、お手洗いで先ほどの紙切れとにらめっこする。
「大河原さんっ」
「きゃっ」
突然背後から声をかけられ、私は飛び上がった。
「い、岩山さん」
「ごめん、驚かしちゃった?」
にこにこと笑いかける彼女の目線は、私の手元の紙切れにあった。
「それ、なに?」
「え」
「なになに……『貴女は俺だけのもの』っ? ラブレター?」
興味津々な様子で身を乗り出している岩山さん。
「大河原さんって、久島弁護士とも仲がいいんだね! 羨ましいな」
本当に羨ましそうに言う彼女は、陰口を叩いている他の人達より、ずっといい印象が持てた。