マスカケ線に願いを
「……ユズは、良い奴だよ」
ぽつりと落とされた言葉に、私は顔を上げた。
コウは、優しい笑顔で微笑んだ。
「きっと杏奈ちゃんは自分の性格で、今まで辛い思いをしたことがあるんだろうけど、でも、杏奈ちゃんはそのままでいい。きっとユズは、そんな杏奈ちゃんのことが好きになったんだから」
「……ユズが私を気にかけているのはわかるけど、ユズみたいな人が私のことを好きだなんて思えない」
言ってから、はっと口を押さえた。
「すみません、年上に向かって……」
「いや、嬉しいよ。俺達、友達だろ?」
「友達、ですか?」
「そ」
にこっと笑うコウ。
そうか、この人も、私を包み込むだけの強さと自信を持っているんだ。
だから、一緒にいてどこか心地良い。
「妹、じゃないんですか?」
きっと、コウは私のことを妹みたいに扱ってる。
そして、私もコウのことを兄みたいに思ってる。
「あ、またシスコンだって馬鹿にしてるだろ」
「馬鹿になんかしてませんよ。少し羨ましいんです。私、お兄ちゃんが欲しかったから」
「杏奈ちゃん、兄弟は?」
「一人っ子です」
私が一人っ子だと言うと、たいてい驚かれる。
しっかりしすぎているからか、長女だというイメージがあるらしい。
でも実際は一人っ子だ。
「一人っ子か。杏奈ちゃんには弟がいそうな雰囲気だよね」
「弟ですか?」
「そう。やんちゃな弟をびしばししごいてそうな感じ」
「なんですか、それ」
私は笑った。
「よし、やっと杏奈ちゃんに笑顔が戻ってきた」
「え?」
「さっきまで能面みたいな顔してたぞ」
そう言って私の頬を軽くつねるコウ。
「能面みたい、ですか」
「悩んでることがあるなら、誰かに相談したほうがいい。いくら杏奈ちゃんがしっかりしてるからって、何でも一人で解決できるわけじゃない」
そんな優しさが、私を弱くする。
「……ありがとうございます。それじゃあ、そろそろ仕事に戻らないと」
「またな」
私は頭を下げて、逃げるようにその場を後にした。