マスカケ線に願いを

「こんばんは」
「こんばんは」

 挨拶をされたので、軽く会釈をして、目的の階のボタンを押した。

 エレベーターの中で、薔薇の匂いを嗅いでみる。
 一日経ってしまっているけど、管理人さんが霧吹きか何かで水を与えたのか、まだみずみずしかった。

「その薔薇、気に入ってくれた?」

 突然、男の人がそう言った。

「え……?」

 呆然とした私は、男の人を見る。男の人はにこにこと私を見つめていた。

「愛してるよ、杏奈」

 その瞬間、私は硬直した。
 冷や汗が背中を伝い、心臓が暴れだす。知らず後ずさりして、背中がエレベーターの壁に当たった。
 と、そのとき、タイミングよくエレベーターの扉が開く。

「待って」
「放してっ」

 私の手をつかんだ男の人に思い切り花束を投げつけて、ひるんだうちに私は自分の部屋へと走った。
 ヒールで上手く走れない。
 焦って、足がもつれそうになる。

「杏奈! 何で逃げるんだ!」

 震える手で鍵を開けようとするけど、上手くいかない。

「貴女は俺のものだろう!」

 声を荒げながら、男が迫ってくる。

 はやく……っ!

 やっと鍵が開いて、私は部屋に飛び込んだ。扉を閉めようとした瞬間――、

「っ」

 足が、扉に挟まれた。
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