マスカケ線に願いを
「痛いじゃないか。開けてくれよ」
男の声が、笑っていた。
誰か、助けて……っ
私はその場に座り込んで、必死に扉を押さえる。
「杏奈、中に入れてくれよ、俺と貴女の仲だろう?」
泣き出しそうになりながら、傘立てにあった傘で、隙間から思い切りすねを刺した。
「いっ」
男は足を引いた。その隙を狙って、扉を少し閉めて、チェーンをかける。
「杏奈っ」
男が押しているからか少し扉が開いているせいで、鍵がかけられない。
そのとき、私の鞄が振動した。はっとして、携帯を取り出す。
『もしもし?』
「たっ、助けて……っ」
相手が誰かも確認せずに、パニックに陥っていた私は叫んでいた。
「杏奈っ、ここを開けろ、いい子だから!」
『杏奈? どうした?』
「お願い、助けて……っ」
『落ち着け、今どこだ』
電話の相手がユズだと、ようやくわかって、そして息を呑んだ。
ユズは出張中だ……っ
「今、出張……」
『今どこにいる!』
「へ、部屋にいます」
男の怒声が、ユズにも聞こえているのだろう、焦ったような声で怒鳴られた。
『今すぐ行くから、電話切るんじゃないぞ』
「は、はい」
今すぐ行く?
今、ユズは出張中なんじゃ……?
混乱する頭では、上手く考えられない。
ドアを激しく叩く音と、男の怒声に、私は必死で耐えた。