マスカケ線に願いを
「あんまり可愛いこと言うな。さっきから抱きつかれて、やましい気持ちでいっぱいなんだから」
ユズが笑いながら、冗談めかして言う。
「でも、出張はどうしたんですか?」
「ああ、もともと今日帰ってくる予定だったんだ」
そしてユズは思い出したように、続けた。
「そういえば、お友達に礼を言っとけよ」
「おともだち?」
誰のことかわからず、私は首をかしげた。
「幸樹が連絡くれたんだ。杏奈の友達が、杏奈がストーカーに遭ってるって教えてくれたって」
それって、もしかして……
「ショートボブの、女の人ですか?」
「おう。はきはきした感じの子だって言ってた」
小夜さんが……?
ユズは寂しそうに私を見た。
「いろいろ、噂されてるんだって?」
「……いつものことですよ」
妬まれるのも、僻まれるのも、いつものこと。
今に始まったことじゃない。
「杏奈は目立つからな」
「ユズとコウのおかげで余計に目立っていますよ」
「そりゃあ、悪かった」
全く悪びれもなく言うユズに、どんどん心が浮上する。
堕ちかけていた心が、ユズのおかげで温かくなる。