下剋上はサブリミナルに【BL】
プロローグ
オレには父親がいない。
もちろん最初からいなかった訳じゃない。
じゃなくちゃ、オレが産まれるハズがないんだから。
オレが1歳半の時に交通事故に遭い、帰らぬ人となってしまった。
その話をすると、周りからは「苦労したんだね~」なんて同情の目で見られるけれど、オレ自身は苦労したとか悲しかったとか、そういう記憶はぶっちゃけ無い。
まだまだ赤ん坊だったオレには自分を取り巻く環境が完全には把握できていなかっただろうし、そして物心ついた後も、父親がいない生活が当たり前で、特別慕情というものは湧いてこなかった。
それに、そんな気分に浸る暇がないほどオレは別の事柄に頭を悩ませていたから。
大変だったのは母ちゃんだ。
幼い子どもと2人、いきなり世間の荒波の中に放り出されたのだから。
まだ結婚して数年だったので貯金なんか全然ないし、父親が勤めていた会社から出た退職金なんか雀の涙だし、保険金は調査やら何やらですぐには下りないし、母ちゃんは専業主婦だったので働き口も探さなきゃだし。
父親と母ちゃんの実家はそれぞれ兄夫婦が跡をとっていたので、そこに世話になる訳にもいかず、とりあえず母ちゃんはオレを昼間だけ友人に預け、毎日東奔西走してどうにかこうにか職を見つけて来た。
不動産会社社長宅の、家政婦の職を。
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