あの頃、テレフォンボックスで
休憩室を出て、病室に顔を出す。
気がすすまないとはいえ、
あいさつもせずに帰るのは
おとなげない。


「志穂、帰るわね。
無理しないで・・・頑張ってね。」


「ありがとう、瞳子・・・」


志穂は杏ちゃんを抱き上げて
私のあとを追いかけてきた。


エレベーターホールの前で、
もう一度、声をかける。


「瞳子、
私、この子が高熱にうなされたとき
この子が死んだらどうしよう、って
本気で怖かった。

今まで自分だけが大事だと思って
生きてきたのに、
私が死んでもいいから
この子だけは助けてください、って
心の中で神様にお祈りしたくらい。


佐山さんのことはともかく・・・
あなたも未来ちゃんの母親なら、
自分の大事なものは何だか
わかるわよね?


ケイタくんって言ったっけ?

その子といても
二人に先はないのよ。


よく考えて。


今ならまだ、引き返せるから。」



私は力なく、にっこりと笑って

「ありがとう。じゃ、またね。」


と言って、病院をあとにした。


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