あの頃、テレフォンボックスで
その子の周りにいた大人たちは、
ビールを飲んだり大声で喋ったりしていて
誰もそのことに気付いてなかった。


俺はびっくりして立ち上がって、
『落ちた、』って叫んだ。


おやじが『どうした?何が落ちた?』

って聞いたんだと思う。
動揺してあんまり覚えてないけど。


子どもが海に落ちたって言ったら、


おやじはすっとんで行って、
レストランの店員つかまえて
『子どもが海に落ちたぞ
早く引き上げろ』
とかなんとか、大きな声で叫んでた。


母親は・・・・
動けないでいる俺の見ている方向へ
走っていって、


デッキの上から他の野次馬たちと一緒に
海に向かって目をこらしていた。



ライフジャケットを着た船員たちが飛び込んで
しばらくして、落ちた子どもを見つけて・・・



子どもは船のデッキに引き上げられた。



そしたら母親が
『私は医者です。みなさんどいてください。
さがってください。』


とか何とか言って

テキパキと船員に何か指示して、
その子の服を脱がせたり
水を吐かせたりして
処置をしだしたんだ。



俺はレストランルームの窓ごしに
立ち尽くしたまま
ずっとそれを見てた。


見てるだけだった。



なんて俺はガキなんだろうって、


そのとき、悔しかった。
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