あの頃、テレフォンボックスで
相手が佐山だということで
父も母も何も言わずに見送ってくれた。

普段は今どきありえない
「門限は8時」

などと恐い顔をして言い放つ父も
「遅くならないように」

とだけ言った。



仕事を終えた佐山が
赤いレヴィンで迎えに来てくれたのが
もう7時半を過ぎていた。



・・・こんな時間からでかけるくらいなら
電話なんかしないで、
家でこもっていればよかった。


出かけるときからもう
私は後悔していた。



住宅街のはずれにある
一軒の小さなレストラン。

「遅くなってすみません」


予約してあった
奥の窓際の席に通される。



メニューを広げて
「瞳子ちゃんの好きそうなものを注文するよ」
と佐山が言った。



まわりには
ワインをかたむけて
見詰め合う大人の男女が。


美しく着飾った女たちは
甘い声や変に甲高い嬌声をあげたりせず

まるで
ここにはそのテーブルしか、
二人だけしかいないかのように

向かいの男のことだけを考えて
フォークやグラスを口に運んでいた。



私は恥ずかしくて・・・・・


ここにいる自分も恥ずかしいけれど、
男と女の絡み合う目線を
見ているのが恥ずかしくて


やっぱり佐山に電話したことを
後悔していた。








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