気持ちは、伝わらない(仮)
♦
「もう絶対言うべきやわ」
「言わなくてどうするの!? って感じだよね」
12日の金曜日。阿佐子は崎山と高梨の3人で歩きながらグラスを目指していた。今週は皆忙しく、一週間ぶりのお茶会となる。
当然阿佐子は傘事件の全てを簡潔に話した。
「次会ったらね、言おうって決めているの」
「好きって直球?」
琴吏が聞く。
「変化球行くんかいな? 嫌いと見せかけて本当は好きとか?」
「それに何のメリットがあるわけ?」
「うーん、アメと鞭? 違うか」
「使い方、全然違うと思うよ」
この2人のやりとりに励まされながらも、のんびりと歩いて行く。自分はどれくらいこの店に貢献したのかと阿佐子は考えた。
だがしかし、実際に恩恵を受けているのは自分の方である。
がやがやと店に到着し、先に押しドアを開けたのは琴吏だった。続いて紫子。だが2人は急に静止する。そして最後に入った阿佐子に目で合図した。
「え?」
2人の視線の先を点線で結ぶ。
そこには今、まさに噂になっていた湊誠二がこともあろうに1人でボックス席に座っていた。
コーヒーは1つ。だけどもしかしたら、いつもの後輩がお手洗いにいるかもしれない。
だが、今は1人。
「私、行くわ」
阿佐子は2人の間をすっと通り抜けた。
琴吏と紫子は阿佐子の行く先を見守る。そしてこのままずっと見守っていたい……が、丁度ウェイトレスが来て、2人の様子が見づらい奥へと案内されてしまう。
いつもより混んでいる状況を、紫子は悔しく思った。
「あの、こんにちは」
阿佐子は湊の顔をしっかりと見て言う。
スマートフォンに視線を落としていた湊は顔を上げて驚いた。
「ああ、…………樋口さん」
「あの、お話がしたのですけれど、少しだけ構いませんか?」
湊は腕時計を見て少し顔を顰め、
「10分くらいしかないですけど」
「充分です」
阿佐子は湊の目の前に、ここぞとばかりに優雅に腰かけた。準備はできている。後は声を出すだけ。
「何か飲……」
「私、あなたが好きです」
湊は目を見開いた。動作が一瞬止まる。
「ああ……そう……」
それ以外の言葉が思いつかないようである。湊は視線を下に向け、何かを考え始めた。
「私とお付き合いして頂けませんか?」
阿佐子はまだ湊の顔を見ていた。自分でも驚きである。
湊はそのまま数秒停止していたが、やがて顔をあげた。
「僕じゃなくても、もっと似合う人が他にいると思うよ」
湊が意識して微笑んでいるのが分かる、困っている証拠か。
「……」
阿佐子は、初めて自ら視線を逸らした。
「樋口さんは大等部ってことはまだ20くらいだよね? だけど僕はもう今年30だ」
「だから?」
口調が攻撃的になってしまったことを即後悔する。
「若い時にしかできない付き合いというものがあるんだよ」
湊は口調を変えない。
「そんな……私は……」
そこで一度深く瞬く。
「私は湊さんに一目惚れをしたのです。今はまだ19ですけど、そんなことは全然関係ありません……。
それに……私、本気でお話をしているのです。冗談でも、嘘でも、曖昧な気持ちでもありません! 一目惚れだから中身は全然分からないけれど……でも、先日も私は湊さんだから傘をお貸しました。湊さんじゃなかったら、雨が降っているのに傘なんて貸しません!」
湊は難しい顔をしながらまた下を向いてしまう。
「あの……ご迷惑ですか?」
阿佐子は湊をまっすぐ見据えて聞く。
「いや……」
湊はまだ俯いている。
「全くダメなのなら……今は仕方がありません」
湊はそこで、ようやく顔をあげた。
「だけれども私、私はやっぱりあなたが好きです」
数秒目が合った。阿佐子は今自分がどんな顔をしているのが想像できなかったので視線を逸らしたかったが、我慢して相手が逸らすまで待った。
「ごめん、時間だ」
湊は腕時計に視線を移して、言う。
ノーだという意味か……。阿佐子は初めて冷静に目を閉じた。
「明日、会えるかな?」
「えっ?」
予想外の言葉に頭が回転しない。
「今日はもう本当に時間がないんだ。だから明日会えるのなら明日会って話をしよう」
何の話なのかという疑問がすぐに浮かんだが、口を閉ざす。
「明日は大丈夫です」
湊は立ち上がって、座っていた場所に忘れ物がないか確認した。
「昼一時くらいでも平気?」
「はい、何時でも!!」
阿佐子はただ嬉しくて、質問に答えるのがやっとだ。
「じゃあ、一時半くらいの方がいいな。一時半に、ここで」
「はい!」
全身全霊を込めて、頷く。
「それじゃ、また明日」
湊は短く挨拶し、伝票を握るとそのまま出て行ってしまう。
なんと、あったけない。
相当に急いでいたのだろうか。だとしたら申し訳ない事をした。
内心、反省しながらも、阿佐子の頭の中では、湊が必ず考え抜いてイエスと返事してくれるのだと信じた。
ただ今はきっと、考える時間が欲しいだけだと思った。
「もう絶対言うべきやわ」
「言わなくてどうするの!? って感じだよね」
12日の金曜日。阿佐子は崎山と高梨の3人で歩きながらグラスを目指していた。今週は皆忙しく、一週間ぶりのお茶会となる。
当然阿佐子は傘事件の全てを簡潔に話した。
「次会ったらね、言おうって決めているの」
「好きって直球?」
琴吏が聞く。
「変化球行くんかいな? 嫌いと見せかけて本当は好きとか?」
「それに何のメリットがあるわけ?」
「うーん、アメと鞭? 違うか」
「使い方、全然違うと思うよ」
この2人のやりとりに励まされながらも、のんびりと歩いて行く。自分はどれくらいこの店に貢献したのかと阿佐子は考えた。
だがしかし、実際に恩恵を受けているのは自分の方である。
がやがやと店に到着し、先に押しドアを開けたのは琴吏だった。続いて紫子。だが2人は急に静止する。そして最後に入った阿佐子に目で合図した。
「え?」
2人の視線の先を点線で結ぶ。
そこには今、まさに噂になっていた湊誠二がこともあろうに1人でボックス席に座っていた。
コーヒーは1つ。だけどもしかしたら、いつもの後輩がお手洗いにいるかもしれない。
だが、今は1人。
「私、行くわ」
阿佐子は2人の間をすっと通り抜けた。
琴吏と紫子は阿佐子の行く先を見守る。そしてこのままずっと見守っていたい……が、丁度ウェイトレスが来て、2人の様子が見づらい奥へと案内されてしまう。
いつもより混んでいる状況を、紫子は悔しく思った。
「あの、こんにちは」
阿佐子は湊の顔をしっかりと見て言う。
スマートフォンに視線を落としていた湊は顔を上げて驚いた。
「ああ、…………樋口さん」
「あの、お話がしたのですけれど、少しだけ構いませんか?」
湊は腕時計を見て少し顔を顰め、
「10分くらいしかないですけど」
「充分です」
阿佐子は湊の目の前に、ここぞとばかりに優雅に腰かけた。準備はできている。後は声を出すだけ。
「何か飲……」
「私、あなたが好きです」
湊は目を見開いた。動作が一瞬止まる。
「ああ……そう……」
それ以外の言葉が思いつかないようである。湊は視線を下に向け、何かを考え始めた。
「私とお付き合いして頂けませんか?」
阿佐子はまだ湊の顔を見ていた。自分でも驚きである。
湊はそのまま数秒停止していたが、やがて顔をあげた。
「僕じゃなくても、もっと似合う人が他にいると思うよ」
湊が意識して微笑んでいるのが分かる、困っている証拠か。
「……」
阿佐子は、初めて自ら視線を逸らした。
「樋口さんは大等部ってことはまだ20くらいだよね? だけど僕はもう今年30だ」
「だから?」
口調が攻撃的になってしまったことを即後悔する。
「若い時にしかできない付き合いというものがあるんだよ」
湊は口調を変えない。
「そんな……私は……」
そこで一度深く瞬く。
「私は湊さんに一目惚れをしたのです。今はまだ19ですけど、そんなことは全然関係ありません……。
それに……私、本気でお話をしているのです。冗談でも、嘘でも、曖昧な気持ちでもありません! 一目惚れだから中身は全然分からないけれど……でも、先日も私は湊さんだから傘をお貸しました。湊さんじゃなかったら、雨が降っているのに傘なんて貸しません!」
湊は難しい顔をしながらまた下を向いてしまう。
「あの……ご迷惑ですか?」
阿佐子は湊をまっすぐ見据えて聞く。
「いや……」
湊はまだ俯いている。
「全くダメなのなら……今は仕方がありません」
湊はそこで、ようやく顔をあげた。
「だけれども私、私はやっぱりあなたが好きです」
数秒目が合った。阿佐子は今自分がどんな顔をしているのが想像できなかったので視線を逸らしたかったが、我慢して相手が逸らすまで待った。
「ごめん、時間だ」
湊は腕時計に視線を移して、言う。
ノーだという意味か……。阿佐子は初めて冷静に目を閉じた。
「明日、会えるかな?」
「えっ?」
予想外の言葉に頭が回転しない。
「今日はもう本当に時間がないんだ。だから明日会えるのなら明日会って話をしよう」
何の話なのかという疑問がすぐに浮かんだが、口を閉ざす。
「明日は大丈夫です」
湊は立ち上がって、座っていた場所に忘れ物がないか確認した。
「昼一時くらいでも平気?」
「はい、何時でも!!」
阿佐子はただ嬉しくて、質問に答えるのがやっとだ。
「じゃあ、一時半くらいの方がいいな。一時半に、ここで」
「はい!」
全身全霊を込めて、頷く。
「それじゃ、また明日」
湊は短く挨拶し、伝票を握るとそのまま出て行ってしまう。
なんと、あったけない。
相当に急いでいたのだろうか。だとしたら申し訳ない事をした。
内心、反省しながらも、阿佐子の頭の中では、湊が必ず考え抜いてイエスと返事してくれるのだと信じた。
ただ今はきっと、考える時間が欲しいだけだと思った。