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「みあちゃんって、呼んでいい? 俺のことも陣でいいよ」
「うん、いいよ」
下の名前で呼ばれる気恥ずかしさを隠すように、私は続けた。
「ひゅかは、陣君のこと、王子って呼んでるよね?」
にやにやしているひゅかを見ながらそう言うと、陣君は恥ずかしそうに笑った。
「それ、恥ずかしいからやめてほしい」
「え~、良いじゃん、王子」
きゃははと、ひゅかが笑う。
「ひゅかちゃん、それ本気やめようよ」
陣君が照れたように笑う。
「私も王子って呼んじゃおうかな?」
「みあちゃんまで。あ、そうだ、携帯教えて?」
「え? う、うん」
突然の陣君の申し出に、私は驚いた。
戸惑いながら取り出した携帯に、赤外線で彼が番号を送ってきた。
お返しに私も自分の番号を送る。
そのやりとりを見ている他の女子の視線が痛い。
ひゅかが、隣でぱああっと顔を輝かせている。
「みあ、か。本当に可愛い名前だ」
「わ~、王子、みあのこと気になってる」
ひゅかの言葉に、陣君は、はははと笑って否定はしなかった。
その時教授が入ってきて、雑談は一時お開きになった。
授業中、隣にいる陣君にどきどきしっぱなしで、その日の授業のことはあんまり頭に入ってこなかった。
知り合いになってから、陣君はことあるごとに私に話しかけてくれた。
それが嬉しい。
彼が私を気にしてくれることが、嬉しい。
他の人よりも、私を選んでくれることが、嬉しい。
ここまでくれば自覚する。
私は彼に恋している。
心の奥が暖まるような、私の恋。
だけど、やっぱり、踏み込めない。
彼が私に話しかけてくるのは、私を気にしているからだろうか?と、うぬぼれたくなる。
だけど、やっぱりそれはうぬぼれでしかないはずだ。
そうして、私は心にブレーキをかける。
恐くてたまらないから。
傷つくのが、恐くてたまらないから。
臆病な私は、新しい恋に、素直になれずにいた。