Debug
「みあ」
声をかけられて、振り返る。そこに人好きのする笑みを浮かべる男が手を振っていた。
授業のあと、与えられた課題に頭を痛めていた私の心が、ふっと軽くなる。
「陣、前の課題は終わったの?」
私が訪ねると、彼は大げさに肩をすくめた。
「プログラム自体はちゃんと走るんだけど……」
「エラーがあるわけだ」
私達は並んで歩く。彼の名前は、氷田陣(ひだ じん)。同じ教授の授業を取っている。
彼の隣は、いつも私の居場所だった。
彼のいる毎日にも、慣れてしまった。
「どこが間違ってるか、わかんないの?」
陣は首を横に振る。
プログラミングで一番大変なのは、このロジックエラーというやつだ。
プログラム自体は走るのに、間違いがあるとき。
何度コードを読み直しても、間違いが見つからないときは、本気で嫌になる。
しかも、この辛さは、同じ辛さを共有している同士にしか伝わりにくい。
たった一行や、一文字の間違いがプログラムを台無しにするというのに。
「みあは良いなぁ。プログラムの天使がついてるからなぁ」
陣がぽんぽんと私の頭をなでる。小柄な私は、彼の隣にいると、子供みたいに感じる。
「そんなに良くないよ、まだ隈が消えないもん」
そう言って笑いあう私達の目の下には、いつまでも消えない隈。
「俺にも天使こないかなぁ」
プログラムを書くときに必要なのは、ずばり閃きだ。
閃くか閃かないかが、事態を左右すると言っても過言ではない。
私達はこの閃きを、天使と呼んでいる。
天使が舞い降りるか、舞い降りないかが、単位を左右しているわけだ。