絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 笑ったが、俺の店のことで知らないことはないと確信しているようだった。思えば、例えば、香月のエレクトロニクスでも店長の重要な知り合いが店に来ていることを知らないことはない。報告義務はないだろうが、そういうものなのだろうと勝手に解釈した。
 最初は雑談から、そうは思っていたのだが、つい焦って、
「この前さ、って言っても結構なるけど。アクシアって店行ったのよね」
 視線が泳がないように、テーブル一点を見つめる。
「……よく入れたな」
 香月は顔を上げた。夕貴は真剣にこちらを見ていた。
「え……うんまあ、あの、飲んではないけど」
「え? ……道聞きに入ったの?」
「うんまあ、そんな感じ」
「え? なんだよ。どういうことだよ」
 想像以上に詰め寄る夕貴に、香月は一度目を逸らしてから、
「今さあ……、実は……あそこの店長と付き合ってるの……」
「えっ、八木!?」
 夕貴は知り合いのようだ。だが
「あっ、店長じゃないや。オーナー」
「え……お前、マジかよ……」
 夕貴は滅多に見せない、驚愕という表現に相応しい顔でこちらを見つめた。
「え、うーん、厳密に付き合ってるかどうかはわかんないけど。遊びかもは、知れないけど」
「……巽光路だろ?」
「うん……」
 名前が伝わって、ほっとしたが、目を合せることができなかった。
「俺もジムでしか会ったことねーし、話もそんなしたことねーけど……。え、どこで知り合っんだよ?」
 そう聞かれると、易々と答えられるような場所ではない。
「……阿佐子の友達の、友達で……」
 と、濁すに限る。追究されて事実を話したら、絶対やめとけって言うだろうなと、予測したのに対し、
「そんなところで繋がっていたとは……」
 夕貴はすんなり納得したようだった。阿佐子の名が出たことで、すんなり受け入れられたのかもしれない。
「あの……それで……、あの人ってどんな人なのかな……」
「何で俺に聞くんだよ!」
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