絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 笑いながら、夕貴は耳につけているイヤホンを左手で少し抑えた。声が入っているが、聞き取りにくいようだ。彼は一度トランシーバーのマイクに話しかけると、すぐにこちに話題を戻した。
「俺は合ってないと思うけどね……」
「遊ばれてるって意味?」
「いや、あそこに招待されたならそうじゃないんだろうけど」
「そうなのかなあ!」
 つい目を輝かせてしまう。
「あのね、私、愛人一号なんじゃないかってよく思うの!」
「いやそら、他に幾人かいてもおかしくはないけどさあ」
「だよねー……、だよね……」
「そんな落ち込むなよ、相手信じるの、お得意だろ?」
「そんなことないよ」
 真剣に答えたのに、
「そんなことあるよ。浮気してる相手普通に信じてたじゃん」
「…………」
 言葉が詰まったのを、グラスを傾けることで、誤魔化してから続けた。
「……いつもさあ、ホテルスイートでリムジンなの」
「身の丈に合ってないちゃそうかもね。そこに普通に行ってるんだろ? いつものそういう感じで」
「えっ……」
 何かダメだったんだろうか、今更思い直す。
「ジャージとかで」
「そんな、行くわけないじゃん!」
「けど別にスーツでもドレスでもなく、普通のジーパンとかで行くんだろ?」
 そうだ……けどあれはいつも深夜突然で……。
「そうだ……一度そんな服しかないのかって言われた」
「まあ別に、ジーパンをスーツに変えたところで何も変わらないとは思うけどね。それに逆にそういう素人っぽさが受けたのかもしれないし」
「何に素人なのよ」
「こういう世界?」
 夕貴は堂々と言ってみせた。
「夜の世界と昼の世界の人って違うから」
「世界はみんな同じだよ」
 うまいことまとめたと思ったのに、夕貴にはそれが通じなかった。
「違うと思ったから今日聞きに来たんだろ? まあ俺もあんまあの人のこと知らないからどうとは言わないけど、ウケたんだとしたら、その擦れてない素人なところだと思う」
「……それ、いい意味?」
「さあ……」
 珍しく言葉を濁した。
「飽きるかな、そのうち」
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