絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 前しか見ていなかったので気付かなかったが、ロッカールームまでの間に休憩室があり、テーブルとイス、自動販売機が置かれていた。
 既に相手は、紙コップ一つを持ち、もう一つの紙コップにドリンクを注ごうとしている。
 ここへ夕貴に頼み込んでまで来たことに、相当後悔しながら、仕方なく促されるがままに、簡易椅子に腰かけた。
「結構疲れてる? 明日筋肉痛だね」
「こういうところ、初めてで……」
 としか言いようもない。
「モデルさん? いや、どこかで見たかどうかは分からないけど、ここ使ってる人もいるから」
 明らかに職業を聞いてきている。
 香月は顔を伏せて、答えた。
「……普通のOLです……」
 ジュースを一口飲む。何か甘い気がしたが、品名を判別する余裕はなかった。相手の首元を見る。ちら、と金の喜平ネックレスが見えたが、相手がどういう人物であるのかを予想することもできなかった。
「そう……。普通のOLさん……」
 と言うと、相手はさっと携帯を取り出すと、画像を見せた。どこか、バーのような店だ。暗い景色に、何やら読めはしなかったが、ネオンが輝いている。
「え、ここ、お店ですか?」
 自分でも何を言っているのか分からなくなってしまう。
「俺の店。ここと、後5軒他にもあるけど。ここが一番入りやすいから、良かったら案内するよ」
 って、って、どういう……。
「あぁ……」
 って、どういうこと?? 今から行こうって言われてるの!?  
「この後どうするの? また走る?」
 全く考えていなかった質問の展開に驚きながらも、
「え、い、いやあ、どうしようかな……」
 は、香月的には走ることをどうしようかなという意味だったが、
「じゃあおいでよ。俺の驕り」
 え、て、ま……。
「先、着替えて下のロビーで待ってるから」
「え、でもっ……」
 それだけなんとか声になる。
「いいよ、心配しなくて。いつもここのおばさん招待してるから」
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