絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「あ、そうなんですか……」
 何をどう言えばいいのか迷っていると、後を押すように、
「あっらあ」
 という年季の入った声が聞こえた。
「今日は浮気ぃ?」
 振り返ってすぐに顔から目を逸らす。髪は長く高い位置で結い、ジャージはどこで買ったのか、真ピンク、かろうじでスニーカーは普通のメーカー物だが……どう見ても男だ。だけど本人は女のつもりらしい。
「おぉ! あれ、なんかどっか行ってんじゃなかったっけ?」
「男ぶん殴って帰って来たわよ。ほんっと金にだらしないったらありしゃしない。私ねね、女にだらしないのは許せるんだけど、お金だけは許せないのよねえ。聞いて、スカイ東京で指輪くれたのにさあ、ハワイ行ったらなあんか違うのよねえ」
「へー」
 相手はテーブルに肘をつき、その手の上に顔を乗せて、どうでもよさそうな声を出した。
「惜しかったわあ、こんなことならスカイ東京のオーナー、あっちにいっとけばよかった」
「選べる権利ないんじゃね?」
 相手はさもおかしそうに笑うが、オカマとおぼしき人はすぐに会話を中断させ、香月に顔を近づけ、じろじろなめるように見つめて、たった一言。
「天然?」。
「顔近けーんだよ!」
 相手はオカマの頭を軽く叩いた。
「いったぁぃ、ズラずれんじゃねえかよ!」
 ズラ!?
「近いんだよ! ビビッてんじゃねえか! ごめんね」
 2人の怒声に驚きながらも、香月は「いえ」となんとか返事をする。
「見たことあるよねー、あたし」
「え……」
 怖くて、オカマではなく、相手を見た。
「見たことないって」
「うっそ。テレビ見ない主義? 今度マリーって検索してみて。いっぱい名前出てくるから」
 言われて初めて気づいた。最近テレビでよく見るニューハーフモデルのマリーだ。
「あぁ!」
「おっそ」
 初対面にもかかわらず、この愛想の悪さはさすが芸能人。
「汗で化粧はげてるからだろ」
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