絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 相手は淡々と言ったが、
「ジムこれからだよ! やんなるわあ、美人がいるとあたしなんてゴミみたい」
 そのままマリーはふいっとトレーニングルームに進んでしまった。さすが芸能人、ものすごい瞬発力と、動力である。
「あの、すみません。気付くの遅れて……色々……」
「こっちこそごめんね、煩くて」
 さすがに否定はしない。
「芸能人の人も来てるんですね」
「んー、たまあにね。芸能人はだいたいあっちが多いよ。国際ホテル。スカイ東京もあるし。何でか芸能人あそこ好きだよね」
「え、レストランスカイ東京ですか?」
 テレビを見ていてよかった。先日、特集でそのレストランのランチメニューを紹介していたのを思い出した。
「そうそう、行ったことない?」
「ない、ですけど……」
「連れてってあげようか。ピッブルーム」
 その、捉えようとしている強い視線が、あまりにもぎらついている気がして、怖くて目を逸らした。
「あ、いえ、そんな……」
「ここにはどうやって入ったの?」
「え……」
 既に、自力でジムに来ていないことがばれていることに、不安を隠せなかった。
「別に、他人の会員証でも入れるからどうってことないけど」
 相手は軽く笑う。
「……友達に、借りたんです。ジムに一度行ってみたくて……」
 俯いて、それだけ言った。
「友達……。友達はスカイ東京、連れてってくれそうにない?」
「……考えたこともないから、分かりませんけど……」
「まいっか。とりあえず着替えてくるね」
 相手はコップのジュースを飲み干すと、先に立ち上がった。
「あっ、えっ……」
「あ、俺、黒崎信也。言ってなかったよね」
「あ、はい……」
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