絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「…………」
「あっ、私は、香月愛です」
 言わざるを得ない雰囲気だった。
「愛ちゃん、着替えてロビーで待ってるからね」

 ロビーまで行く間、色々考えた。裏口から出てこっそり帰るとか、今日やっぱ無理ですときちんと断る方法とか。けど裏口から逃げるなんて、大人のすることじゃないと、目を見てきっちり断ろうと決意してエレベーターを降りる。
 いた。すぐに見つかる。人が多いロビーの中でも、黒崎は目立った存在であった。
 うわあ……そういうタイプだったんだ……。
 明らかに一般人とは違う雰囲気を醸し出している。ダークスーツだが首元のネックレスがとても派手で、それなりに上品ではあるがインテリメガネも顎鬚もどうも金融屋にしか見えない。
 怖い人としか言いようがなかった。
 相手はこちらに気付くなり、立ち上がって寄ってくる。
「車、待たせてるから」
 断る勇気が出なかった。これで、もし普通にスラックスにポロシャツなんぞ着てくれていればなんとか口から言葉が出ただろうが、その期待は外れ、雰囲気に圧倒されてしまった。
「あ……はい」
 以外に何も思い浮かばず、そのままついて行く。
 ロビーを出るとエントランスに白い車が一台停車されていた。
「そっちね、右助手席」
 エスコートのつもりなのだろう、きちんとドアを開けてくれる。
 胃が痛くなるほどの後悔。車内のきつい香水の香りに頭の痛さを覚えながらも、唾を飲みこむこともできなかった。
「飯食う?」
 え? 
 黒崎を見た。
「腹減ってない? 飲む前に何か食った方がいいよ。スカイ東京は今日はピッブルーム無理だろうから今度にして、どこか違うとこ行こうか」
 次なんてないし!
「いえ、あの……」
 あなたのお店を外から見たら、もう帰りますから!
「何食べたい? なんでもいいなら寿司にしようか」
「えっ、でもあの、あの私、今日手ぶらで来てるので……」
 手ぶらの意味が自分でもよく分からなかったが、とりあえず何かしら理由をつけて断るしかない。
「金? (笑) 」 
< 113 / 318 >

この作品をシェア

pagetop