絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 この強引さが怖い。お願いだから、誰か助けて!
「さ、着いた」
 都内中心部の駐車場に停車させ、香月は黒崎に促されるがままに店内に入る。今まで足を踏み入れたことのない、高級寿司屋は、カウンター席のみで「一見様お断り」という雰囲気だが、そんな表示はどこにもなかった。多分きっと、巽もこういう店の常連客のような気がする。偶然いないだろうかと、店内をぐるりと見回し期待した。それしかここから抜け出る道はない。
「欲しい物なんでも食ってね」
 慣れたように、堂々と黒崎はカウンターに腰かける。店内には数名客がいたが、みんな年寄りばかりで、巽の気配は到底ない。香月は黒崎の隣に腰かけたが、見上げてもメニューはなく、おそらく時価ではないのかと勝手に予想した。
 卵でいいです、きゅうりでいいですと思いながらも、黒崎が注文してくれた魚をゆっくり食べて行く。おいしいのだろうが、味が分からないくらい緊張していたのは、値段がいくらか分からないせいだった。黒崎が支払ってくれることは分かっていたが、場慣れしていない香月にとっては、息をするので精一杯だ。
 相手は一人よくしゃべっていた。自分のこと、会社のこと。何やら都内5店舗を経営する自分の店があるようで、25で立ち上げて今ようやく軌道に乗ったのだとか。苦労話半分、自慢話半分。興味のない話題に、一生懸命相槌を打ち、この後これからどうするのだろうという不安ばかりが募っていく。
「お会計、二万三千円です」
 という破格の寿司ネタに驚いて、レジの前にも関わらず、思わず頭を下げてお礼をした。
「けどあんま食ってなかったから、腹減ってるでしょ」
 相手は笑って、店を出ると、淡々と車のキーを開けた。
「さあて、じゃあ店行こうか」
 そして、彼が開けてくれたドアから車に乗り込む。その流れに慣れてしまっている自分が怖くて、ありがとうございます、と敢えて、付け加えた。
「あれっ、もう11時か」
 黒崎は腕時計を見たが、そのしぐさがどうも嘘くさい気がした。だからってまさかホテルには行かない、と強く心に誓う。
 車内は蒸し暑かったが、すぐに冷房が効き始め、すぐに汗が引いた。
「家、実家?」
「えっ?」
「彼氏と住んでんの?」
「えっ……」
「一人暮らし?」
「いえあの、ルームシェアマンションで……」
 実際の住所はそこだ。
「へえー、東京マンション?」
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